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年初めの目標に掲げていたので……

格納。

(あ、暖かい)

腰を掛けたベンチは、太陽の日差しを一杯に浴びていたらしかった。ぽかぽかとした温もりに、ほっと力が抜ける。

お腹もいっぱいで、いつもだったら思わずとろんとまどろんでしまっていたかもしれないのに。今日はなんだか気を張ってしまって、そんな風になれなくて…… 「彼」と、一緒に出掛けてきたから。



今朝は、すごく嬉しい気分だった。マリカさんから外出の許可が出て、それで、久しぶりに支度して…… ルートは、台所で楽しそうにアンジェラと話していたから、声をかけなかった。前に警備兵に追いかけられたあと、ルートは「捕まったら帰ってこれない」と言っていた。そんなことを、ふと思い出してしまったせいかもしれない。

(そうね。ちょっとだけ、怖かったし。一人で出ることにならなくてよかったけど……)

外に出るのは、住んでいたアパートから逃げて以来。だから、一人で廊下を歩いていて、急に後ろから声を掛けられたときにはすごくびっくりしてしまった。ジェラルドはちょっと笑いながら、一緒に見張り部屋まで来て、

「ユノが出かけるそうなので、ディアス、彼女に付き合ってもらっていいですか?」

「ええっ!?」

そんなことを言って、ユノとディアスの二人を外に出したのだった。



そう。だから、今はディアスと二人で公園にいるのだ。ギルドのマスターのところに顔を出して、遅めの昼食を黒猫亭でとって、その、帰り道の途中。

「あの、ディアス」

近くで立っている黒髪の青年に声をかける。深い緑の目がこちらを見て、ちょっとたじろいでしまう。

「座らないの?」

こう言うだけのことでとても勇気が必要だったけど、でも、自分だけ座っているなんて申し訳なくて。ディアスは視線をそらし、やや俯いた。

「お前は、ここにはよく来ていたのだろう?」

「え? うん、そうだけど」

なぜか質問で返されて、戸惑いながらも頷く。こちらを見ない彼の表情は、いつものように何も読み取れない。いったい、どう思ってそんなことを言うのだろう。

「なら、知り合いに見られては困るだろう」

返事に対して、ディアスはよく分からないことを言う。こちらを見ないので、無遠慮かもしれないけど、彼の表情をずっと見続ける。やっぱり、何も分からない。

「どういうこと? 別に困ったりしないわ。私……」

「…………」

言葉が続かずにいると、その後はお互いに無言になった。それは気まずいもので、耐えられなくて。だから、もう立ち上がろうと思った。

「い、いやならいやでいいんだけど。もう帰った方がいいなら、帰るし」

「俺に気を遣わなくていい。外に出るのは久しぶりなんだろう」

「でも……」

ディアスがベンチの背もたれへ寄ったので、立ち上がり損ねてしまった。また、無言。どうしていいのか分からず、俯いてしまう。

「……分からんな」

「な、なに?」

「いや。…………。そうだな。言いたいことがあるなら、言ってくれた方がいい。俺は、ジェラルドのようには気を遣えない」

びくっとして彼の様子を確認したけれど、やっぱり、ディアスが何を考えているのか読み取れない。ただ、注意深く見ると、伏せがちの目が困っているように見えた。

だから、何か伝えなきゃと焦ってしまった。

「えーっと、だから、座らないのかなって。その、ディアスって背が高いから、こう、ちょっと喋りづらいし」

言ってしまってから、はっと気づいた。失礼なことを言ってしまった。それにルートが身長が低いことを気にするように、もしかしたら、高いことを気にしているかもしれない。

「ご、ごめんなさい。別に、あの……」

「いや、謝らなくていい。悪かった」

「え?」

「だから、喋りづらかったんだろう」

ディアスは、そう言いながらベンチの反対の端に座った。怒らせてしまっただろうかと彼の横顔を見る。相変わらずその表情からは何も読めなかった。けれど、最初に会ったときのような怒りも感じられなかった。彼は、目を合わせないまま口を開く。

「しかし、こういうことをしているのは、お前のためにならないと思うぞ」

「だから、どうして? ディアスには迷惑をかけていると思うけど、私は別に、わがままを聞いてもらってるだけだから……」

何か思い違いをされているようで、それを、どうにかして伝えたかった。でも、どんなふうに言えば分かってもらえるのだろう。ディアスの言っていることを、ちゃんとは理解できていないのに。

どうしよう、と考えていたら、なぜか、ディアスは空を見上げて「ああ、そうだった」などと呟く。

「な、なに?」

「お前は、確かずっと働いていたのだったな。ルートから聞いた」

「そうだけど……」

ディアスは、またわけのわからないことを言う。いったい何の繋がりで、こんなことを言うのだろう。気まぐれで言い出したようには、見えないけれども。

「追々知ることになるだろうから、今日は言わないが…… それでも、周りからどう見られるかくらいは想像が付くだろう?」

今回ばかりは、彼の言いたいことが分かった。といっても、こんな風に離れてベンチに座っていては、恋人のようには見えないのではないだろうか。それを、彼は気にしているらしかった。

「ごめんなさい。ディアスに迷惑をかけちゃってるね」

「いや、だから俺がではなくてなくてだな。知り合いでなくても、お前が家に帰った後で知り合う人に……」

ようやく分かった。無表情で分かりづらいけれど、ジェラルドのように分かりやすい言葉ではないけれど、ディアスは、彼なりに気を遣っているだけらしい。そう思うと、なんだか急に可笑しくなってきてしまって。

「……ぷっ。ふふふ」

つい、吹き出してしまった。

「どうした?」

「ご、ごめん。笑っちゃいけないんだけど。なんだか私たちの会話、噛み合ってないわよね」

こらえようと思っているのに、ほっぺの筋肉が言うことを聞いてくれない。急に笑い出してしまったせいか、あまり感情を表現しなかったディアスも、今回ばかりは肩をすくめて見せた。

「面白かったか?」

「ううん。そうじゃなくて。そうだ、もう一つごめん。なんだか勘違いしてたみたい」

「勘違い?」

「うん」

ちゃんと言わなければと思って、呼吸を整える。それから、なるべくディアスの方に体を向けて、彼の顔を、揺れる緑の瞳を見た。

「私が、ディアスのこと。だから、ごめんなさい」

ディアスのことを、会ってからずっと怖い人だと思っていた。昔、何があったか知らない。ウィルとの間に何があったか聞いていない。そんなことを知らなくても、彼は、こんな風に気遣ってくれる、とても優しい人なのだ。それを知っていれば、もう大丈夫だと思った。

「……よく分からないが、今も勘違いしているんじゃないか?」

「ふふ。そうかしら?」

笑いながら、立ち上がる。冷えてきた空気を胸一杯に吸い込むと、体から無駄な力が抜けたことを感じた。けっこう歩いたのに、今朝よりもずっと足が軽い。

大丈夫。家には帰れなくなっているけれども、あの地下でも変わらない。逃げた日からずっと頑張ろうとは思っていたけれども、頑張っていけると、初めて思った。

「そろそろ帰りましょ。あまり遅くなると、エータ達に悪いわ」

「……そうだな」

振り向いて声をかけると、ディアスは立ち上がったところだった。何か言いたそうにしていたけれど、結局、彼は何も言わず隣に来た。

二人で並んで、みんなの待つ家路に。空はそろそろ夕暮れ色に染まり始めていた。

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